前回のコラム「経営者が主導する事業モデル変革」の
ステップ1で、
現行の事業モデルをシンプルな図解で整理する
ということを書きました。
ときどき、事業変革を進めるプロジェクトで、
「まず今の事業モデルを描くことから始めましょう」
と最初に話をすると、
「わざわざ現行のモデルを図解整理して議論する必要はないのでは?」
という意見をもらうことがあります。
理由は、
「今のビジネスのことは、長年やってきて知り尽くしているから、そこに敢えて時間を使うのはもったいない。早く新事業モデルの話を始めるべき」
または、
「今のビジネスの仕組みに意識を向けることによって、現行モデルに考えが執着してしまって、新しい革新的なモデルを発想することに悪影響があるのでは」
という考え。
後者は、かなり思慮深い方の意見だと思います。
まず「今のビジネスのことは、すべて知り尽くしている」という意見ですが、
事業変革を議論する場合、業務の詳細なところまで「知っている」というのは、
それほど役に立つことではありません。
「知っておくべき」ことは、現在のビジネスが成り立っているメカニズム、
事業全体の仕組みです。実務・業務の細かな話ではなく、自社のビジネスの特徴は何か、
事業として成立しているポイントは何かを理解していることが極めて重要です。
次に
「今のビジネスに意識を向けると、新しい発想を阻害する可能性がある」
という意見ですが、確かに、現行の事業モデルやオペレーションの状況に
深入りしてしまうことで、
そこに視点に引っ張られて、思考の伸び幅が
制限されることはあります。
ただし、現状を確認せず、全くゼロから考えるというのは、実はとても難しいことです。
特に、チームで議論する場合、現行の共通認識なくして、
「ゼロベース」で話合いましょう!からスタートすると、
何をどこから考え、何の革新的なアイデアが必要なのかも分からなくなります。
上述したように、ここでいう「現行モデルを描く」とは、
事業の詳細を記述するという話ではありません。
その全く逆で、現行のビジネスが成り立っているメカニズムの「骨格」だけ、
つまり簡略化、「モデル化」して捉えようというものです。
では、なぜ現行の事業を「モデル化」する必要があるのでしょうか。
それは、「創造は省略から生まれる」からです。
実際のビジネスの現場で行なわれていることは、とても複雑で
さまざまなパターンと例外的な処理が存在するのが通常です。
その現状をそのまま、細かくあるいは網羅的に扱おうとするとうまくいきません。
極力情報を切り落とし、身軽になること。こまごました事象を、
もっと昇華した形で残して、本質だけを捉えること。
これが、柔軟で新しい発想を生み出してくれます。
つまり、創造的な思考を促すには、物事を簡単・省略・抽象化して捉えることが
とても大切なのです。
ところが、ビジネスの現場の実情をよく知っている人ほど、その情報を手放すことができず、
多くの情報を引きづられ、新しいものを創造する発想ができないでいます。
知り過ぎているが故に、みたいものが見えないのです。
「実務者レベル」の視点で見ている限り、事業の「構造」は見えてきません。
重要なのは、「経営レベル」の視点から現在のビジネスの成り立ち、
つまりは、事業全体の構造とその勘所を押さえることです。
そこを理解することが、次に創造的な変革をもたらすアイデアの素となります。
現行モデルの理解なくして、いきなり新しい事業への変革を議論しても、
ポイントの外れた、単なる思いつきのアイデアだけが飛び交う空虚な場で
終わってしまう可能性大です。
まずは、ビジネスの現状を簡単・省略・抽象化し「モデル」として捉える。
次にそのモデルをチームの共通認識とし、それを基に議論を深めて発想を広げる。
これが、新しい事業モデルを議論・設計するときのコツです。