「経営チームがうまく機能していない。
それほど規模の大きな会社ではないのに、社内政治が蔓延っている。
リーダー同士の関係がギクシャクしてコミュニケーションが悪い」
そのような嘆きを時々聞きます。
一般的に、事業組織が大きく成長するにつれて、
組織体制と各部門を担当する経営幹部の能力が、
事業サイズに対して不適合を起こすことは、
避けて通れない問題かもしれません。
企業の成長ステージで考えた場合、
創業期というのは、「人」ありきで組織を編成していかなければならない
というのが現実です。
理想的な組織体制を構想しても、それを埋める人がいないのだから仕方ありません。
規模もまだ小さく知名度もない時期では、入社してくれる社員の質にもバラツキが多く、
どうしても、限られた「出来る人」に多くの役割を担ってもらわざるを得ない。
結果、組織体制の最適化を図るよりも、まず「人」がいて、
その人に何をやってもらうかという順で考えるのがリアルな実情でしょう。
そして、その後事業成長が進んでいくと、「分業化」する時期がやってきます。
ようやく一人で多くの役割を兼任する体制から、
1つの役割に専任者を置くことができ、組織が分業化していくことになります。
ただし、ここで厄介なことが起こります。
それは、それまでに「できる人」を中心にして編成されていた組織体制の型に
引きづられながら分業化が進むことです。そのため、組織全体において、
担当業務の重複や責任部署が不明な業務が発生してしまいます。
では、このような状態に陥っている組織の体制を、
どう修正し最適化を図っていくか。
米国で多くのSMBC(中小・中堅企業)を支援しているギノ・ウィックマン氏は
Accountabilty Chartという考えを提唱しています。
私は、これを勝手に「AB-CHART」と呼んでいます。
これは、「機能」を軸にデザインしていく
組織構造のチャートです。
どの企業にも、一般的な階層構造の組織図があるはずです。
この組織図は、対外的には示す目的であれば問題ないのですが、
社内の実質的な役割分担を表すには、往々にして問題をはらんでいます。
なぜなら、多くの場合、「役職」「ポジション」に対して、
誰が配属されているかという点に主眼が置かれ、
肝心の業務執行の責任範囲が明確になっていないことが多いからです。
組織構造は、「人」ありきのポジション視点から作られるものではなく、
事業戦略を踏まえ、組織として最適な「機能」の配置から考えるべきです。
その思想を踏まえ、AB-CHARTは、ポジション、役職ではなく、
あくまで「機能」から作り上げていきます。
原型としては、まず上位から「ビジョナリー」⇒「統合者」⇒
「販売/マーケティング」「オペレーション」「ファイナンス」となり、
この原型からスタートして、カスタマイズしていきます。
たとえば、販売とマーケティグを分離したり、ファイナンスから人事やITを独立させたり、
というふうにです。
そして、「機能」から組織の構造を決めた後に、
最適な人材を割り当てていくという流れで作ります。
特徴的でもある「ビジョナリー」と「統合者」は聞き慣れないかもしれませんが、
これも「機能」から考えている所以です。
ここを「社長」「副社長」とポジションで示すのではなく、
「ビジョナリー」:事業アイデアを構想し方向を示す。企業の文化を示し組織を導く。
「統合者」: 社内の各機能業務の調和を図り、日々の業務を推し進める。
と機能で示しています。
なので、この機能を社長、副社長で果たす場合もあれば、両方を社長一人が担うという会社もあるでしょう。
組織がうまく機能せず、事業成長にブレーキがかかるという場合、
この成果責任の曖昧さに起因することが多いです。
たとえば、販売のコミッション率を決めるのは誰なのか?
営業担当役員、それともCFO、あるいはCEO?
ウェブサイトの外注先を管理する責任はどこ?
営業?マーケティング?
といったよくある曖昧な責任範囲もAB-CHARTを作成する過程で
明確になっていきます。
また、「1機能、1担当者」という鉄則があります。
必ず、1つの機能のオーナー(責任者)は、1名のみです。
責任者が2名というのは、結局誰も責任を持っていないと同じことだという考えです。
AB-CHARTを導入する場合は、まず既存の組織と担当者をすべて白紙に戻します。
これをウィックマン氏は、「いったん全員を解任する」と表現しています。
そして、「人」を抜きにして、まずAB-CHARTの組織体制(型)だけを考えます。
つまり、自社の企業規模やビジネスの仕組みを考えて、理想的な型だけを考える。
誰が何をやるかは、その時点では全く無視して、議論に参加する経営幹部たちは、
自分の今の担当をいったん忘れ、エゴを捨て、組織経営の視点で、最適な組織体制を
検討していくことを求められます。
その後、作成された機能・成果責任のポジションに、担当する「人」を割り当てる流れです。
経営チームでは、各自が皆の同意を確認しながら、元のポジションへ自分を割り当てていく
ということが行なわれます。
一見、この人事的な話をオープンな場で話すというのは、軋轢が生じるのではと心配になります。
実際に、言いにくいことも言わないとならなかったり、覚悟を持って臨む必要はあるでしょう。
しかし、このプロセスを経て得られるものはかなり大きいのです。
AB-CHART作成時のオープンな議論を通じて、頑固たる経営チームが形成され、
その後、経営幹部の各自が自信をもって役割に邁進するように変身します。
伝統的な組織図に比べ、AB-CHARTの方が責任の所在が明確であり、
事業活動の遂行にドライブがかかります。そういう意味で、AB-CHARTは、
事業成長を促す組織デザインのよい手法の1つだといえます。